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| 加藤 鉱はこう見る! ~鳩山というニュータイプの登場~

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今回の外交文書の公開は、日本の非核三原則がいかに矛盾に満ちたものか、さらに佐藤栄作元首相が一九七四年に「非核三原則の提唱」によるノーベル平和賞受賞がブラックユーモアであったことを再確認させてくれました。
ノーベル経済学受賞者が考え出したカネがカネを呼ぶファンドで世界経済を大混乱に陥らせるなど、ノーベル賞も功罪半ばで、本当の評価は後になってみなければわかりません。
ところで、戦争や核の話になると必ずといっていいほど引き合いに出されるのが自衛隊の存在です。守屋某などワルもいた組織ですが、隊員の大半は真摯に国防を考え、一般的な公務員とはまったくちがうと断言していいくらい公僕の精神にあふれています。
なぜ私がそのようなことを言えるかというと、数年前にイラクに派遣された自衛隊員約百名に取材した経験があるからです。
なかでももっとも印象に残っているのがある医官の話でした。ちょっと長いですが、そのときに私が書いた原稿を読んでみてください。
< ただ一つではなかった答え>
「戦争」とは何か。そして、「生きる」とは何か。表現は違っても、これらは同じ本質に対する等しい問いかけであり、彼は少年時代からその答えをずっと探し求めてきた。
防衛医大に進んだ医官は医学を学ぶのみならず、自衛官としての様々な訓練も経験する。富士登山や遠泳に始まり、戦闘訓練や射撃も体験するし、戦車やヘリや護衛艦にも乗る。硫黄島や沖縄などの戦地へも赴く。そうした多くの体験の中から、彼はその疑問に対する答えを見いだそうとした。歴史小説や戦記も多く読んだ。しかし、本質は見えそうで見えない。「戦争」とは何かが、分からない。確かな答えが得られない。
卒業して医師となり、多くの患者と接し、その人生に触れ、共に病に立ち向かい、時には壮絶な死に涙し、己の無力を嘆いた。「生きる」とは何か、毎日考え続けた。考えが浮かんでは消え、翌日にはまた違う答えを出している。自分なりの答えがどうしても見つからない。
医師となって6年目のある日、彼はUNDOF(ゴラン高原・国連兵力引き離し監視隊)への参加を命じられた。既に翌年のイラク戦争が不可避と見られていた時期であり、その最中の派遣となるのは明らかだった。不安と同時に、永く抱き続けた疑問に何らかの答えが出せるかも知れないという期待もよぎった。自分の目で、現実を確かめてみたかった。
半年間の訓練の後、2003年2月に現地入りした。3月下旬に米軍によるバグダッドの空爆が始まるのと時を同じくするように、連鎖反応としてのテロ事案が、イスラエル国内を中心に既に頻発し始めていた。
この戦争中、彼はある街でパレスチナ人の青年と会話を交わした事がある。その体験が、今でも彼の心を深くえぐってやまない。
チャイ(紅茶)を飲みながら、青年が言った。
「イギリスやアメリカはずっと昔から我々イスラム教徒にひどい仕打ちを続けてきた。それは今も変わらない。今度の戦争も同じだ。彼らは正義の名の下に、それを押し通すために、ついにはユダヤに肩入れまでし、我々罪もない市民を殺戮してきた。彼らは悪いことしかしていない。なのにどうして日本はアメリカを支持するのか」
そう言いながら、イスラエル兵の手で殺されたという2、3歳の女の子の写真を見せられたとき、さすがに彼は返す言葉に詰まった。
しばらく考え、同じく片言の英語で彼はこう答えた。
「日本は、約60年前、同じようにアメリカをはじめとする国々と戦争をし、負けた。今のイラクや北朝鮮の状況は当時の日本と一部似た部分もあるかも知れない。
その後我々は、二度と自ら戦火を交えないことを憲法にうたい、平和国家の樹立を誓い、今日に至る。戦争の悲惨さと平和の尊さを十分に理解している。だから、今回の戦争そのものにも、国民の多くは内心複雑な思いでいるかもしれない。
ただ、日本には現在のところ、目の前に北朝鮮という脅威がある。我々が戦争を回避したくても、彼等は日本にミサイルを向ける。それを自力で排除する術を、残念ながらいまの我々は持たない。アメリカの力がどうしても必要になる。厳しい現実のなかで、我々は苦渋の選択をした」
それを聞き、パレスチナの青年はこう返した。
「我々も君たち日本人と同じように、闘争や略奪や戦火のない、平和で平等な世界を望んでいる。そのために、このような境遇においてもなお、しっかりと地に足を踏んばって、生きている。
真に平等な社会を目指す時、君たち日本人と同じように、我々には住む土地を持つ権利がある。国家を有する権利がある。そこで平和に生活を営む権利がある。それこそが真の平等だからだ。だから、それを阻止しようとする力と戦う権利があるのだ」
と。
戦争とは何か。平和を守る仕事をしているにもかかわらず、戦争は決してなくならないと言う事実。生命を守る仕事をしているにもかかわらず、周囲では毎日多くの命が絶たれているという事実。戦争は、どちらが正義でどちらが悪という事はない。双方に戦う理由があり、正義がある。
生きるとは何か。神とは何か。国家とは何か。
人それぞれに正義は存在し、人は皆、自分の正義を信じて生きている。彼らは自分達の歴史を知っており、いまいる場所とこれから向かうべき方向とを見つめ続けており、ついには宗教や国のために死んでゆく。彼らはそうやって命を輝かせようとしているのだ。
これが、求めていた答えなのだろうか。そのような気もするし、それだけではないような気もする。ただ一つだけ分かったのは、彼自身が神や国家を持たず、自分の正義すら持たない、平和ぼけした日本人の一人であるという事だった。多少なりとも「武士道の国」の人間の一人であることを自認していた彼にとって、これは衝撃的な事実だった。
この出来事から、疑問に対する答えはますます分からなくなった。
だから、帰国後半年足らずでイラク行きの話題が上っていた時、既に彼の心は大方決まっていた。院長の面接を受けた時、「こんな僕でも使って頂けるのならば、喜んで参ります」と即答した。
彼は、答えを早く見つけたかった。確かな答えを探し求めていた。
(続く)
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