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様々な問題を残しながらも、北京オリンピックが終わりを迎えました。中国選手の活躍がひときわ目立つ今回のオリンピックでしたが、陸上の劉翔選手がレース直前に棄権したことは、中国で大きな物議を醸しました。インターネットでは、「劉翔選手は広告で大儲けしたから、もうやる気がしないんだろう」、「負けるのが怖いから、怪我のフリをしたのではないか」と、氏を非難する言葉が飛び交いました。
香港では、こうした一連の騒動を「料理」になぞらえて諷刺しています。
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劉翔六吃
『星島』8月21日 木曜日06:30
劉翔を許してやって欲しい。彼が間違えたのは、国のために陸上競技にてゼロの壁を突破をすることが、みんなの目的になってしまった。彼はどれだけの広告の撮影をしただろうか。そしてそのおかげ陰で、彼の財布はどれだけ膨らんだろうか。おかげで脚の怪我をしてやむを得ず退場するはめになったのは、もう個人のことで済まなくなったのだ。それに比べて、世界の新しい水泳キングであるマイケル・フェルプスは、アメリカ全国の人民の期待を背負わずに試合に参加していた。国の宝物にならず、劉翔より責任が軽くずっと楽であった。彼自身も楽しんで八つの金メダルを獲り、雑誌表紙を飾った。
国の宝物として、尊敬を受けられず、足と心の傷を治す余裕もなく、すぐにカメラに向けて告白しなければならなくなった。国民を慰めることになった、いつも元気でいっぱいだった彼は今、悲劇の人物となってしまった。「国人の期待」と主張する一部が、彼を生きたまま殺して、六つの中国料理にするというのだ。
まず前菜は「白雲鳳爪」。右足を集中して食べ、しっかりと右足のかかとの骨を噛んで離さないでいたら、ただの炎症で、砕けてはいなかった。バラバラになっても、びっこをひいて走るべきだったのに、走らずに負けるのが怖いのだろうか?勘違いしてはいけない。負けて恐ろしいのは劉翔二つ目の料理「網民水煮欄王(インターネットユーザーによる煮込み)」である。小辛はインターネットユーザーからの中傷、中辛は怪我したふりして試合を辞めたと噂されること、大辛は陰謀論で、劉翔が利益のために辞退するよう勧められたということだ。
煮たり茹でたり、全く激しすぎる。「欄王のキノコ煮」で味蕾を落ち着かせ、それから劉翔を天国から地獄まで煮え滾らせるのだ。その上足を砕いて、黄牛肉と一緒に炒めて食べるのが心地いい。そのあとすぐに国産の高速圧力鍋にいれて、四面八方の失望、哀惜、落涙、侮辱、嘲り、狂乱、非難で煮込む。「活吃鮮魚刺身(魚の踊り食い)」を食べるように、生きた肉を刀で削ぐ。血がだらだらと流れる痛みは心に染み入るだろう。彼を苦しみの果てまで追いつくさなければならない。顔もおかしくなったように、眠れないほど心を痛め、謝罪の手紙を書いた、以前よりもっと早く走ると承諾するという。
劉翔六つの料理の最後はデザート「飴がけの毒薬」である、すべての飴は彼を慰め、餡はすべてを 包み込んで「早く競技場に、次回のオリンピックに帰ってきてください。金メダルを奪って、更に国のために奮闘してください」と言う。しかしながら中国語には、『砂糖を食べて、大便を食べる』という言葉がある。甘い言葉の裏には別の思惑がある、という意味である。「飴がけの毒薬」も、それと同じようなものだろう。なぜなら、誰も彼に「思うとおりにしてください。あなたが何をしても支持します」とは言わないからだ。
広告主は劉翔を食べ尽くし、彼を再び賛美する原稿を用意し始めている。頭を急展開させて、含蓄ありげに彼を支持するのだ。
劉翔六吃をおいしく食べる人はいたが、シャンパンをあけて一緒に食べた梁展文は、「もう試合を続けるの耐えられないから辞める」という劉翔に支えられて、もう誰も彼に文句をつけなくなった。
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上記の通り、香港のメディアは劉翔選手に関する国内報道を冷静に見て、諷刺している感があります。日本でも、途中で棄権したマラソンの土佐選手に対するバッシングは目に余るものがありましたが、インターネットユーザーがとかく炎上しやすいのは、どこの国でも同じなのでしょうか。
あるいは、あらゆる側面において「格差」が取り沙汰される中、負けたらそれで終わりであるという『敗者を許さない社会』が当たり前になりつつあるのでしょうか。
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